シリコンバレーにおける

スマート・スクールの経緯と成果

目  次
はじめに
 ネットデイ・ヨーロッパの活動例
 エクサイト(ECSITE)

はじめに
 1990年代初め、シリコンバレーはそれまでの高度成長の軌道から外れ、ほとんどゼロ成長の経済状況にあり、企業や優秀な人材の流出がとまらず、投資も減少を続けていました。シリコンバレーをここまで育ててきた地元有力企業のトップは、この事態をシリコンバレー存続の危機と受け止め、新たな成長のエネルギーを生み出すにはなにをすべきかの検討を広く地域のリーダーに呼びかけることになります。これに応えて1000人を越す人が集まり、広範な分野にわたる13のプロジェクトが選択され、ジョイントベンチャー・シリコンバレー・ネットワーク(JV:SVN)というNPO(非営利組織)が結成されました。そのプロジェクトの一つが、Smart Valley Inc.(スマートバレー・SVI)です。SVIはコミュニケーションと情報に関わる技術を、ビジネス、行政、教育、そして一人一人の市民の必要に応じて、日常的に応用できるように普及させるということをミッション(使命)に掲げていました。そのSVIが推進した活動の大きな柱に育つ事業が、スマート・スクールなのです。

 SVIは日本でスマートバレー公社と呼ばれ、あたかも行政主導の組織、ないしは第三セクターのような印象を与えますが、NPOであるジョイントベンチャー・シリコンバレー・ネットワーク傘下のNPOで、非営利の事業体です。公社という呼称を使うのは適切ではありません。本稿では誤解を避けるためにスマートバレー、ないしSVIという呼称を使うこととします。

 SVIは1993年に設立されました。設立の当初から、活動期間を限定した組織として、5年で収束させると想定されていました。そしてその構想のとおりSVIは1998年10月の理事会で、活動を終えることが決定され、事実上解散しています。たとえばEコマースのように大きな成功を収めたプロジェクトもあれば、予期した成果を出せなかったプロジェクトもありましたが、その過程で参加者がいろいろな経験をしたことが、沢山の人材を育て、世界の情報関連プロジェクトに大きな影響を与えたという意味で、その使命を達成したと理事会は考えました。そして、これ以上SVIを存続させる必要はないと結論づけたのです。文字通り、SVIは発展的に解消しました。

戻る

シリコンバレーと教育
 JV:SVNが掲げた13のプロジェクトの中でも、教育はもっとも優先度の高いものと位置づけられていました。シリコンバレーに人材が定着する要件として、子弟に良い教育を行う環境が整っているかが重要であることは言うまでもなく、また、企業としても優秀な人材を長期的に確保できる環境が整備されていることは、その地域に根を下ろす大きな条件であったからです。

戻る

チャレンジ2000
 JV:SVNは1992年に活動を開始し、市民の意見調査を含む一年間における調査の後、 SVIと組んで、“チャレンジ2000”というプロジェクトをつくりました。その目標とするものは、単なる技術課題に取り組むのではなく、学校に学ぶ生徒達が、21世紀に向けて創造力のある市民となれるような世界的規模の教育システムを構築することです。その焦点は狭い領域に限定されず、またコンピュータやネットワークだけを使うことにとどまりませんでした。チャレンジ2000は、どのようにしてその地域(コミュニティー)を巻き込むかという戦略を、直接学校と連携して作り上げようとしたのです。それが対象とする生徒達の学年も、幼稚園から12年生(日本で言えば高校3年)までを対象とし、ひとつの学校で何百人という人を巻き込み、学生の成績向上に向けての手法を発展させようとするものでした。このチャレンジ2000の活動は、シリコンバレーを中心に現在も継続されています。

 SVIは、教育に関連する問題を検討していくうちに、意外な事実が明らかになってきました。シリコンバレーが半導体産業を基盤として発展し、その後情報技術に関わる企業が集積するようになっていることから、この地域の学校は情報インフラがととのとっているのが当然のように受け止められていましたが、ところが実際には、1995年当時、シリコンバレーの学校ではアメリカ国内他地域にある学校と比較して、教室に設置された情報インフラに関するほとんどの面で、大幅に遅れていました。シリコンバレーにある2つの郡の例で見ると、500の学校のうちたった31%にしか高速でインターネットにアクセスできる設備がなく、33%の学校はただその周辺地域にアクセスできるネットワークを持つだけでした。またカリフォルニア州は、生徒一人あたりの情報技術関連費用がアメリカ50州内、42番目と低く、関係者はこのような問題を解決するのにどうすればよいか考えあぐねていたのです。

  情報産業が集積していることから、パソコンなど必要機器を学校に提供したいという意志を持つ企業を見つけるのは難しいことではありませんでした。しかし、機材を寄付してもらってもそれを操作できる教師がいない、あるいはそれを教育に利用する方法が分からないなど、学校側に受け入れ態勢ができていません。また、教育界には新しいことを受け入れるのに躊躇する保守的な姿勢があり、特にそれに費用が必要である場合には、ほとんど前に進むことがなかったのです。しかし、学校にも企業にも、父兄にも行政にも、学校が情報技術に対応しなければこれからの社会に適応できなくなるという共通理解は存在していました。

戻る

スマートスクール
 SVIは1995年に新しいリーダーを迎えました。10月にCEOが初代のハリー・サール氏からピート・シンクレア氏に代わったのです。新任のCEOは新しく力を注ぐべき分野の一つが教育だと考えました。それまで教育の分野は、重要性は認識されながら、前項で述べたような理由でほとんど手つかずで残されていたのです。

 スマート・スクールが目標としたものは、チャレンジ2000と同じく、将来を支える人材を育てるために、質の高い教育を提供し、健全なコミュニティを育てることいありました。その方策は、地域の企業と学校を連携させることによって情報インフラを学校に導入させようとするところが特徴的でした。優れた技術、人材を保有する企業のリソース(資産)を、企業自身の発意によって投入するように知恵を絞ったのです。新しいCEOが考えたのは、プロジェクトの全体を詳細に計画するよりも、何か一つ地域の人々に印象を与える成功例を早く作り出すということでした。この発想が出たのはピート・シンクレアが自分で起業を成功させた実務家だったからだということができます。

 さらに特徴としていえることは、スマート・スクールは単にそれぞれの学校だけに止まるのではなく、教育を構成するすべてのレベルである、教師、学校管理者、父兄、さらにはそれを包括したコミュニティーを対象としていたということです。その意味するところは、単一のプロジェクトではなく、幾つかのプロジェクトがそれぞれに分野をしぼって活動し、その結果を統合することによって、コミュニティー全体の教育の質が向上させようとするものでした。

 スマートバレーにこのような目標があっても、その対象である学校側、あるいは父兄、企業に、これを理解する素地がなければプロジェクトしては成功しなかったでしょう。しかし、情報産業の集積しているシリコンバレーの生活の基盤である教育に情報技術インフラを導入することが、コミュニティーの将来にとって不可欠であるという認識は高まっていましたし、課題はそれをどのようにしてまとまった力に結集させるかということでした。SVIは、その触媒の役割を果たしたのです。

戻る

ネットデイ
 スマート・スクールを推進する人たちは、幾つかの学校を選んで、どのように学校の施設にネットワークを敷設し、そのためにはどのような手順と人員が必要かの検討を繰り返して、標準となるマニュアルの作成に着手していきまた。しかし、このようなSVIの努力だけで、ネットデイが大成功を収める軌道に乗ったのではありません。そこには大きな政治の力が推進力として登場し、それをSVIが巧みに利用したことを無視することはできないのです。

 ちょうどこの頃、クリントン政権はゴア副大統領を核にしながら、アメリカに高速情報ネットワークを拡充する「情報ハイウエー」計画を推進していました。しかし、この意味合いを一般の国民に理解させるのは容易なことではありません。1995年9月に大統領府からシリコンバレーに、この地域のハイテク関連企業の指導者達とクリントン大統領が懇談したいとの連絡があり、その指導者リストの一人にSVIの初代CEOであるハリー・サールが入っていました。彼は大統領との懇談の中で、翌96年3月9日に計画されていたボランティアデーに大統領が自ら参加することを提案し、大統領側も国民啓発の、あるいは自分たちの情報化推進政策を推進するものとして賛同したのです。

 ここにサン・マイクロシステムズ社のジョン・ゲイジ氏が登場します。彼はそれまでにも連邦政府の学校をネットワークで結ぶ計画の検討に参画していましたが、3月9日のボランティアデーに向けて、関係者を結集させるプロジェクトの具体化に着手したのです。彼はこのボランティアデーをネットデイと名付け、これは現在のナショナル・ネットデイの始まりとされています。

 学校にネットワークを張り巡らすには、配線用のハードウェアだけでも巨額な投資が必要であると信じられていました。ところがジョン・ゲイジは、地元のサン・マイクロシステム社で自社のネットワークを社員が敷設している経験から、それほどの費用がかかるわけではないということを知っていました。この知識をもとにして、ジョン・ゲイジは企業、情報先端企業に働く人々、父兄の協力を、寄付やボランティア作業として集めることができれば、地域の学校にネットを敷設することは可能であることを確信していた。要はどのようにしてこのような協力を実現させるかが課題であったのです。

 彼の働きかけに対して、シリコンバレーの地元企業は協力に積極的ででした。資金的な面と、従業員が勤務時間を寄贈するという形の両面で賛同する企業が多数でました。後は学校の積極的参加と、実際に作業するボランティアをどの程度確保できるかが鍵となっており、そこで彼は、当時サンフランシスコ・ベイエリアにあるレストランのホームページを一覧で見ることができるウエブサイトの持ち主と交渉して、そのシステムを転用してカリフォルニアにあるすべての学校がホームページを掲載できるようにしたのです。Eメールを使える人ならば、教師であれ父兄であれ、誰であってもメールによる意見交換できるようにもなりました。

 当初SVIの役員は、この計画があまりに大きすぎて手に負えないのではないかと危惧しており、さほど積極的ではありませんでした。しかし、ピート・シンクレアは熱心に説得し、最終的に大統領、副大統領をSVIのネットデイにゲストとして参加してもらう形にして、SVIのプロジェクトとして実行することとなったのです。

 地域の学校すべてに呼びかけが行われ、同時に地域ごとに企業や個人からの寄付を募り、また、ネットデイ当日のボランティアの募集が精力的に行われました。また、学校に対しては、ただ待っていたら誰かがネットとつないでくれるというのではなく、どのような形のつなぎ方が望ましいか、どのような使い方をしたいかなど、自らのアイデアを出すように求めていきました。その際、チャレンジ2000によって準備されていたテクニカルガイドが、学校に具体的なイメージを持つ手がかりを与えるものとなったのです。

 9月21日にやってきたクリントン大統領は、ネットデイに向かって大きな要請を示してきました。カリフォルニア州にある学校の少なくとも20%をネットデイの一日で結線してしまおうというものです。この要請に応えようとするスマートバレー関係者の努力によって、この第一回ネットデイにはたった3ヶ月間しか準備期間がなかったにもかかわらず、100校もの学校が参加するという結果になりました。コミュニティからの反応も大きく、800人以上の人たちがボランティアとしてこのプロジェクト(イベント)に事前登録していましたが、実際には8000人を超える人たちがボランティアとして参加をしました。これに引き続いて10月12日、ついで1997年4月26日にネットデイは開催されます。シリコンバレーでネットデイが成功したことによって、これが次第に全国的プロジェクト、ナショナル・ネットデイに育っていくきっかけとなったのです。

 シリコンバレーにおけるスマートスクールの成果を数で表すと、たった18ヶ月の間に、ネットワークケーブル(イーサーネット)が425校の10,500の教室に敷設され、94%の学校がインターネットにアクセス出来るようになり、ISDN以上の高速ネットワークを使ったインターネットアクセスが85%の学校が出来るようになったというように、当初の期待を大幅に上回る成果をあげました。これに対し米国のインターネットへのアクセスの平均は1997年の集計で75%、高速回線は45%にとどまり、1998年には、それぞれ89%、65%となっています。(米国連邦政府調べ:http://nces.ed.gov/pubs99 )

 ネットデイは学校にネットワークが設置されたということの他に、ボランティアや地元企業が学校現場や地域の教育行政と密接な関係を作り出すきっかけとなったという、大きな副次効果を生んでいます。ある校区では、ストライキをしていた先生たちが組合の指示に反して、ネットデイにボランティアとして参加していました。そのコミュニティサポートは教師にとって重要な意味をもっていたからです。学校にとってもこれほどの数のボランティアとの接触を経験するのは初めてのことであり、その後もネットワークを経由して緊密な関係を継続しています。

 学校と父兄の関係も新しい展開を生み出しました。子供の親たちは学校や先生たちと電子メールでコミュニケーションをとることができるようになり、これは親の方にしてみれば、いつでも学校や子供に対する心配を相談できるようになったということであり、また先生たちの方としても、自分の時間が空いたときにそれに応えることができるようになりました。いわば、教師と親との間にあった時間や場所というバリアを克服する事が出来たのです。「テクノロジーが子供たちの成績を向上させるという確固とした証拠はないものの、親がよく学校と関わるようになったということはっきり言えると思う」、という中心人物の言葉から分かるように、ネットデイはコミュニティーの連帯感を大きく高めました。

 このプロジェクトに貢献した企業は112、ボランティアの数は14,500、それに加えて125人の専門家グループがボランティアとして参画しました。その価値は2,700万ドルの投資に相当すると推計されています。また、他の地域でシリコンバレーの経験を生かせるように、いくつかのガイドブックが作成されています。それが、The Smart Valley Technical Guidebook for Schools と、The Smart Schools NetDay Planning Guideです。

戻る

日本人ボランティアもネットデイに参加(参加者のレポート)
 ネットデイは第1回が1996年3月、第2回が同年10月、第3回が1997年4月に開催されました。第3回のNetDayIIIには日本からもSVIに学んだ非営利組織、スマートバレー・ジャパン(SVJ)の有志7名が参加して、直接ネットデイの運営に係わりました。

 以下は、実際のネットデイがどのような雰囲気と条件の中で開催され、どのような成果があったのかを示すレポートです。

 NetDayは第1回が昨年3月、第2回が10月に行われた。第1回には、スポンサー企業に加え、6000名のボランティアが集まり(その中にはクリントン大統領、ゴア副大統領も参加)、ケーブルの配線、PCとの接続、セットアップなどの作業を100校で実施した。第2回ではさらに約170校が接続されており、今回のNetDayIIIでは残りの約230校が接続される。

 このプロジェクトの特色は、基本的には、自主運用のできる体制を各学校に作ることに重点を置いているという点だ。ネットワークの接続作業はNetDay当日を中心に多数のボランティアの力を借りて実行されるが、ネットワーク設計、設置後の運用、あるいは必要な資金集めなどは、すべて学校側で行うことが原則である。

 これを支えるために、スポンサー企業のエンジニアや技術知識のある父兄などが、システムの評価や管理者の教育などを手伝う。さらには、ドライバーを握ったこともないボランティアのために、事前に技術講習会を開催し、スムーズな作業の実行と、地域を挙げてのプロジェクトに対する盛り上げを行う。したがって、NetDayそのものは1日の作業およびイベントであるが、プロジェクトの本質は、準備段階から運用にいたるトータルプロセスにある。

 今回、スマートバレー・ジャパン(SVJ)も参加したNetDayIIIは当初の予定では最終回で、500校すべてが接続される計画だった。しかしながら、行政から与えられた予算で賄うという発想ではないこともあり、おもに学校側の資金、人員の都合で、若干の積み残しが発生しているようである。

 また、運営資金難から十分な活用に至らない学校もあるようだが、インターネットの特性を活かした新しい学習方式の導入やコンテンツ作りを積極的に進めている学校では、すでに従来とは異なる教育成果が報告され始めている。

戻る

今回は参加者の集まりが悪い
 前述のように4月26日にカリフォルニア州のシリコンバレー地区で行われたNetDay は今回が3回目、NetDayIIIとなって行われた。予定では今回でシリコンバレー地区の公立学校はすべてインターネットに接続されることになりNetDayは最終の開催となるはずである。日本からはスマートバレー・ジャパンの有志7名が参加して作業を行った。

 私たちは、仕事の関係で21日にシリコンバレー入りしたのだが、車を運転中に聞いていたジャズ専門のFM局でNetDayIIIのボランティア参加の呼びかけを行っていた。聞くところによると、今回は参加者の集まりが悪く、最後まで非常に苦労しているということである。

 理由は、これまでの NetDayで皆疲れているからとのことだ。2週間ほど前からこのように地元のラジオ局はボランティアの応募を呼びかけていたそうである。また、Smart School NetDay のリーダーがクリントン大統領に NetDayのサポートのスピーチをさせることに成功したようで、直前になって盛り上がり出したのを感じた。

 NetDayは去年の12月からネットワークのプランニングや学校の選定が始まっており、時を同じくして各企業・団体からの寄付集めも行われていた。日本で有名なシリコンバレーの会社はほとんど寄付をしており、その中には日本企業の現地法人も含まれていた。

 われわれが担当したのは、ネットスケープ社の本社があるところでおなじみのマウンテンビュー市のスレーター・エレメンタリー・スクールである。生徒数は500名、先生は22名、補助教員8名の学校だ。驚くべきことにここの学校の校長先生は33歳という若さである。名前はランス・タゴモリさん(日本名:田篭則夫)。33歳で校長になるという点に、日米の学校の違いを思い知らされた。

戻る

周到な準備
 参加してまず驚いたのは準備の良さである。先ほども書いたが準備は昨年の12月から始まっている。これまでにNetDayは2回開催されているのでノウハウはあると思うが、作業内容は多岐にわたる。

最初に行われたのは学校からのネットワークの接続に関する申請の募集だ。NetDayで接続された学校は、接続された後に授業で使用することはもちろん、ネットワークに関する維持管理のすべてを学校の責任で行わなければならない。だから、学校から上がってくる申請書を審査して、技術的にも財政的にも一定基準に達していないとNet Dayでは接続されない。この申請の処理も当然ボランティアの手で行われるわけだ。

 今回の NetDay の話はまだ聞いていないが、最初の NetDayではこの作業は非常に大変だったそうである。学校側ではこのために父母に寄付の申請を行う。父母は学校の要請に対して自分の子供に必要かどうかを見極めて寄付の額を決めたり、実際に学校に寄付したりする。自分の子供にインターネットが必要であれば当然寄付して、インターネットの授業を受けさせるのである。ここでも、父母の考え方、自主性が反映されている。

 実際にインターネットに接続されるためのネットワーク設計、ドメイン名およびIPアドレスの申請から始まって当日用の事前トレーニングに至るまですべてボランティアで行っている。この部分の担当のボランティアは皆が企業で活躍する一線のエンジニアであり、自分が一番得意とするところを責任を持って担当する。プロの仕事である。作業の中で電源工事とパソコンまでのネットワークの配線工事は業者が行うことになっているが、その工事発注に関する作業もすべてNetDay のボランティアで行われている。

戻る

現地での事前作業も大変
 現地での事前の主な作業は(1)パソコンの位置、(2)パソコンに電源はどのくらい必要か、(3)ネットワークのコネクターはどのくらい必要でその配線経路をどうするか、(4)パソコンのOS、メモリーの内容の確認、の4つである。

 これに基づいて、各学校の電源とネットワーク配線図の作成、IPアドレスの設定情報などが決まる。これだけでも大変な作業だというのは想像に難くない。

 この作業を過去3回、500校に対して行ってきたわけだから、今回は皆疲れて参加者が少ないというのはうなずける気がする。継続して行うことはいかに大変かというのが身にしみて分かった。

戻る

ボランティアへのトレーニング
 今回、われわれは4月12日の事前のトレーニングに参加できなかったが、参加した人の話を聞いたので紹介しよう。

 まず、学校に集合してエントリーを行う。エントリーには時間がかかるため列ができるが、その人たちを飽きさせないように生徒たちが楽器を演奏して迎えてくれる。これは、生徒たちも発表の機会ができるということで非常に良かったそうである。トレーニングの説明が体育館で行われたが、司会にはコメディアンを使い、校長や市長の挨拶に突っ込みを入れたりして終始和やかな雰囲気で進行したとのこと。このときも、自分は何ができてどこに協力できるかでトレーニングの内容も変わったそうである。できることを責任をもってやろうというボランティアの考え方がここに表れている感じがする。

戻る

いよいよ NetDay 当日
 当日は晴天に恵まれ、非常に気持ちが良い気候の下での作業となった。まさにカリフォルニアの青い空である。

 ホテルから車で15分ぐらいでスレーター・エレメンタリー・スクールに到着した。事前の情報ではあまり治安が良い場所ではないとのことであり、少々不安だったが、昼間は大丈夫との話をあとから聞いて安心した。到着すると、ボランティアのエントリーが行われる。ボランティアは3つに分かれて登録する。エキスパート、エンジニア、力仕事といったように分けられる。到着したら一部の父母も含めて約20名ほどの参加だった。その中にはアップル社の社員もいた。

 当日のスケジュールは、

9:00
 歓迎の挨拶 - ランス校長
9:05
 スケジュールの説明と概要
9:15
 インストレーション作業
10:45
 インストレーション作業の確認とフォローアップ
12:00
 昼  食
12:30
 インターネットデモンストレーション
13:00
 感謝と閉会の挨拶 -ランス校長

という予定で進められた。

 当日の作業はパソコンにネットワークインターフェイスカードを挿入して、メモリー増設が必要なパソコンにメモリーを増設、ツイストペアケーブルの作成と接続、TCP/IPの設定、ソフトウェア(WWWブラウザー、電子メール、Telnet、Fetch)、のインストールが行われる。最後に動作確認をする。

 スレーター・エレメンタリー・スクールで接続されたパソコンはすべてアップル社のマッキントッシュであり、18台を接続する予定となっていた。

 作業者には資料とネットワークインターフェイスカード、増設用メモリー、ドライバー、リストバンド(静電気破壊防止用)が渡され、各現場へ移動して作業を行う。現地ではまず、ネットワークのコンセントとパソコンまでの距離を見て、ネットワークケーブルが度の程度の長さが必要かを見定めて、ケーブルを作成しているスタッフ(SVJのメンバーである松田さんが初めて挑戦)に距離を言い渡して、製作してもらう。

 各現場は教室や図書館などである。各教室には2台ほどのマッキントッシュが置いてあった。子供たちが身近にパソコンに触れる機会を多くするためだろうか。現場では淡々と作業が進んだ。私たち日本のボランティアは事前のトレーニングを受けていないため戸惑うこともあったが、作業は思ったよりも順調に進んだ。

 しかし、実際はすべてがうまくはいっていなかった。Net Day当日までに必要な事前作業はすべて終了しているはずであったが、一部の教室にネットワーク接続用のコネクターが来ていなかったり、電源工事が終わってなかったりした。現地の人の話ではこのようなことはよくあるというとのことでご愛嬌となった。

戻る

インターネットにつながった
 さて、一部インターネットに接続できなかったパソコンもあったが、デモンストレーション用に指定してあるパソコンは接続ができ、予定よりも早く、12時15分から子供たちおよび参加したボランティアを集めて、さっそくWWWブラウザーでネットサーフィンとなった。ここで、ネットサーフィンを行ったのはこの学校に通う生徒の父親であった。

 インターネットに接続されたことを説明して、Yahooで検索を行ってNASAのサイトなどに接続が成功した。出席した子供は少なかったがみな嬉しそうな表情をしていた。さっそく、この学校では次の週よりインターネットを使用した授業が始まったそうである。

戻る

インターネット接続に喜ぶ学校
 校長であるランス氏に、作業後にお話を聞く機会があった。NetDayでめでたく接続したのだが、今後はインターネットの運用やメンテナンスにかかる費用は各学校が負担しなければいけない。その費用は父母からの寄付金でまかなわれる。「バザーやイベントを行って寄付金を集めていくので運営が大変」とのことである。しかし、一方でNetDayでインターネットに接続されたことにより「子供達が興味を持ったことに対してすぐに回答を得られる機会ができて、また自主的に興味を持ったことに対して深い知識を得られるようになった。それが何よりもうれしい」とランス氏は語る。

 この学校では先生がパソコンやインターネットの教育を受講して生徒に教えていくという。父母たちは自分の教育方針に従い、子供にインターネットを教えるか、もしくは音楽を教えるかを選択して授業を受けさせるそうだ。子供達は画一的な教育を受けるのではなく、親たちと学校との教育方針に沿った教育がなされているのだ。

戻る

1.5 Mbps で接続された学校
 各学校はT1回線(1.5Mbps)で接続されている。学校にはルーターが設置され、NetDay 当日に最終の設定が行われていた。予想したよりも速い回線が使用されており、ここでも日本と米国のインターネット環境の違いを思い知らされた。インターネットに接続されている各学校から集まった回線はいったんハブとなるサーバーに集められ、インターネットサーバーに接続される。その後、インターネットプロバイダーを経由してインターネットの接続となる(図1参照)。したがって、今回のNetDayIII で接続された学校は常時インターネットにT1回線で接続されていることになる。かなり快適なインターネット環境で使用できるだろう。

 シリコンバレー地区の学校をまとめて接続しているオフィスの使用している機器と環境は次のとおりである。

  • Primary Domain Server with a T1 Line to BBN
  • Sun Sparc 5 with 4GBHD, 64MB RAM, Tape Backup
  • Cisco Firewall Router
  • 3COM LinkbuilderHubs 8-24port
  • Cisco Access Server Which supports SLIP and PPP
  • Modem pool(32) for dialup access
  • Text Character Menu available forlow and equipment users
  • Support SLIP and PPP protocols
  • The officeis on a Ethernet 10 Base-T network

 学校側で最低必要な機器 / 環境は

  • One additional router
  • One DSU / CSU
  • Network Management Systems

である。 

(レポートは以上)

戻る

PCデイ
 ネットデイによって、学校に情報インフラが構築されると、その活用を進めるためにパソコンが大量に必要になります。そこで、ネットデイのグループメンバーのアイデアで、シリコンバレーのコンピューターの部品をつくっているメーカーに機器の寄付をとりつけようということになりました。このプロジェクト「PCデイ」の初期のアイデアは、世代が古くなってしまったコンピューターを、コンピューター会社が処分するときに余計なお金をかけずにすむように、その古いものを寄付してもらい、その部品を使ってコンピューターを組み立てるというものでした。このようにして集められたコンピューターは、教育におけるテクノロジーという分野をきっと充実させるであろうと考えられていました。しかし、このアイデアをスマートバレーの主要メンバーが、インテル社に話をもちかけたところ、「一昔前の型ではなく最新版のマザーボードとプロセッサーを寄付しよう」と言い、インテル社はその言葉通りに行動して、最初のリーディング・スポンサーになりました。マザーボードの他に必要なコンピュータ部品を寄付してくれる企業は、インテル社が見つける努力をしてくれ、1996年の初めにパッカードベル社がインテルを通じて部品を寄付してくれることになったのです。

 寄付されたのは部品です。これを組みたてて、完成品に仕上げなくてはなりません。ここでもパッカードベル社が、自社のパソコン再生センターで組み立てをしてくれることになりました。しかし、まだすべての部品が揃ったわけではなく、不足部品を調達するには資金が不足しており、一台あたり400ドルに相当するこの不足分をDetwiler財団がカリフォルニア・コンピューター再生基金を通じて資金の提供を申し出てくれました。このカリフォルニア・コンピューター再生基金を使うには、カリフォルニア州の職業教育施設がコンピューターを組み立て、できあがったコンピューターのうちの数パーセントをそこへ配分することが条件となっており、これが後程円滑な動きに支障をもたらす要因となったとはいえ、このようにしてプロジェクトが次のフェーズへ動く準備が地域の企業や組織によって主導的に出来たのは、当初のプランにはなかったプロセスでした。

 つぎにSVIが考えなければならないことは、配布されるべきコンピューターが、情報技術を教育という分野に持ち込むリーダーとなる教師たちに、与えられるようにしなければならないということでした。学校毎にパソコンを割り当てる方式にこの効果を期待することは出来ないと考えたPCデイ推進グループは、教師にコンピューターを授業の中でどのように、何の目的で使うのか、というレッスンプランを出すように求めました。またその校区と学校長から、そのプランの実践を認める許可証の提出も求めたのです。これによって、教師の発案が学校で実際に実行されるということを確認できます。学校を挙げてプランを実行してもらおうとしたのでした。

 SVIに何百通もの応募書類が舞い込んできました。これを一つ一つボランティアのグループが審査し、絞り込んでいきます。その中には、例えば「コンピューターを使って4年生の読書の時間に使えるように、オンラインのブックレビューをつくる」とか、「高校の歴史の時間に“バーチャル”な考古学の発掘現場を訪れる」、「地球上の外国語を使っている他の国の学生たちと電子メールを使って友達になる」、「NASAの火星探査機から情報を取り出す」、「分子の3Dモデルをつくる」、などのように斬新なアイデアが一杯詰まっていました。この中からSVIは361人の教師を選出し、そして教師一人に一台ではなく、プロジェクトのアイデア実現に必要な台数の上限を8台として、PCデイによって準備されたコンピューターを整備することになります。

 次の心配は、これだけ大量のコンピューターの生産が、実際にプラン通り間に合うかどうかでした。州の職業教育施設は5ヶ所の組み立て施設を矯正局は保有していましたが、いままでにこれほど大量にパソコンを組み立てた経験はありませんでした。しかし、21日間で3000台のコンピューターを作り上げるという快挙をやりとげることになります。プロジェクトが進行していくに従って、従来のデスクワークでは不可能と思われていたことも、実際に動かしてみると実現できるという実績が出きることは、その後の取り組みにも大きな自信となっていきます。

 1996年11月16日の日曜日、サンメテオにあるアラゴン高校で、第一回PCデイが開かれました。そこにはコンピュータを授与されることになった教師たち361人、100人のボランティア、それから部品を提供した企業の人たちや生徒を含む1000人近い人々が集まっており、教師たちは基本的なネットワーク操作とデスクトップ・コンピュータのアプリケーションのつかいかたを習うためにトレーニング・セッションに参加しました。協賛企業から来た人たちは、校庭にテーブルをならべるのに協力し、あいにくの大雨にも関わらず、学校のマーチング・バンドも参加して雰囲気を盛り上げ、駐車場には沢山のコンピューターを積んだトラックが集まりました。このパソコンが教師たちに配られてそれぞれの学校でレッスンプランに沿って利用されたのです。準備された3000台のパソコン全部がうまく稼動したわけではなく、設定の誤りや部品の不具合もありました。しかしそれらの不具合は、マイクロソフト社の協力で、必要なソフトをダウンロードすることができるホームページが公開されたり、全て協賛企業のボランティア的貢献で解決されていきます。

 PCデイのセレモニーが終わってからしばらくして、パソコンを受け取った教師100人を選んで、どのような影響、変化を教室に与えたかの調査が行われました。調査結果で確認されたのは、教師たちは全て情報ネット技術の応用分野に関する指導者に育っているということでした。95%の教師が情報ネット技術を使えるようになるために、PCデイに応募したのだと回答しています。

 教室は大きく変化していました。受け取ったパソコンを使って宿題をする学生が増えていたり、自発的にプロジェクトへ参加する学生が減っていく傾向がある中で、パソコンを使ったプロジェクトに自ら参加しようとする学生の数が、一つのクラスで全員に近くなったと述べている。

戻る

PCデイII
 第一回PCデイの成功とインテル社からの大規模なマザーボードとプロセッサーを寄付するという約束をうけて、第2回PCデイが開催されることになりました。当初10,000台のコンピューターを組み立て、それをカリフォルニア中の学校に配る計画でしたが、これだけの数のパソコンを作ること、配布すること自体が大変なことだということが分かって、1997年の夏までにその案は修正されました。。第一回のPCデイに3千台作成配布した経験から、予測した難しさを遥かに超える問題が出てくることが確実でした。製造組み立てと配布に関する問題に加えて、SVIの組織力、企画力の限界を超える可能性もありました。

 また、カリフォルニア州政府の支援を貰えるように手配するのが遅れており、資金の入手が十分ではなく、その利用についても難しい条件が付けられるようになっていました。カリフォルニア・コンピュータ再生基金内部の政治的な思惑も絡んで、当初予定が半年近く遅れましたが、募集要項が1998年1月15日に発表され、1ヶ月の申し込み期間の間に応募書類がどっとSVIに押し寄せることになります。その過程で、インテル社から寄贈される基板が、当時最新のペンティアムIIに変更される朗報ももたらされ、教師は最新鋭のパソコンを使えることになったのです。

 2700人以上の教師から、コンピューターを使った授業のアイデアを送られてきました。シリコンバレー中のビジネス、教育、そしてコミュニティを代表する合計130人以上のボランティアがこの教師たちのアイデアを審査し、1998年4月、スマートバレーは811名もの受賞者を決定します。今回は、より広い地域の学校を代表する教師たちが選ばれており、受賞案の中には「6年生が他の学校の6年生と協力し、“犯罪捜査”オンラインを通じて解決の糸口を見つけ、科学的なプロセスを学ぶ犯罪解決のためのプロジェクト」、などというものや、高校の統計の授業で、彼らに「インターネットを使ってメジャー・リーグの統計をとらせる」、などというものもありました。

 受賞者発表のあと、6,000台のコンピューターを組み立てる仕事が始められます。これらのコンピューターはサンタローザにあるコンピューター・リサイクリング・センターと3ヶ所のカリフォルニア・職業訓練施設でつくられ、併せてSVIは教師のためにトレーニングを、ローズビルにあるバルジャン小中学校、ハンティントンパークにあるハンティントン高校、そしてミルブラエにあるミルズ高校の3ヶ所で行います。3Com社がハブやネットワーク接続のための機器を学校に、インテル社とマイクロソフト社は教師たちが受けるトレーニングの資金を提供することが決まりました。

 このトレーニングは1998年6月に1回、そして8月に2回開かれ、何百人もの受賞した教師たち、ボランティア、そして協賛会社からも多くの人が参画しました。教師たちは3回行われたトレーニングのうちのどれか1回に出席し、コンピューターを受け取ると同時にボランティアトレーナーからトレーニングを受けたます。ここでは教師と協賛企業の人々が直接交流し、また、実際の学校施設でトレーニングが行われたことによって、実務的にも効果的なトレーニングが出来ました。

 8月15日までにトレーニングは完了し、また1/3のコンピューターが各学校へ届けられた段階で、資金的な手当ての遅れや、ボランティアやスタッフの不足もあって、コンピューターの組立が一時停止し、全体計画は難航しました。しかしほどなく、計画再開され徐々に生産台数も増えて、学校への配付も進展していきました。

 コンピューターは資金的な障害もあって、徐々にしか学校へ届けられませんでしたが、受け取った学校での反響は大変素晴らしいものでした。教師は、生徒の視野が自分の住むコミュニティーから世界に広がったということを高く評価しており、1999年中に9千台のコンピュータによって1500の教室が相互に結ばれることになります。

 PCデイは、下記の企業の支援を受けて開催されました。

3Com Corporation、Crucial Technology,( a division of Micron), Diamond Multimedia Systems, Inc. Hitachi America Ltd., LG Electronics, Logitech Microsoft Corporation, MindReadr, Inc., NEC USA, Inc. Symantec Corporation, Toshiba, Western Digital Corporation.

  • トレーニングを提供した企業
     Anderson Soft-Teach, Foothill College, Rapid Performance Systems, and National Semiconductor Corporation
  • 資金を提供した組織
    The Peninsula Community Foundation, California Computer Refurbishing Fund, the Hewlett-Packard Company Foundation

 SVIが収束したことにより、このスマート・スクールプロジェクトはフットヒル・カレッジに継承されて、訓練などが継続されています。

戻る

体験交流(The Resource Coop)
 第1回PCデイのウェブサイトをサポートする目的でつくられたのがResource Coopです。その活躍はサポートだけに留まらず、コンピュータ初心者の教師が描いた絵や、PCデイに応募してきた教師たちの受賞レッスン・プランの掲示、オンライン・ディスカッション・フォーラム、他の教育関係へのサイトのリンク、毎月行われるテクノロジーを使ったレッスン・プランのコンテストの結果など、多岐にわたって利用されるようになります。なかでも、SVIのスタッフは、第一回PCデイで選ばれた教師たちと一緒になって、彼らのニーズや興味にあったウェブサイトを作りました。そのウェブサイトのスポンサーになった企業の反応も好評で、多額の寄付が寄せられるようになります。

 1998年3月、SVIのつくったウェブサイトを評価してもらうために何人かの教師に集まってもらい、改善できる点や提案ははないかを聞いた上で、サイトをもう一度作り直しました。

 この新たに作り直したウェブサイトは、1998年7月にオンライン・サマー・セッションが開かれたことも手伝って、1ヶ月に30,000を超えるヒット数を記録するほどの人気サイトとなります。このオンライン・サマーセッションは、2週間にわたって数回開かれたオンライン・ディスカッション・フォーラムで、テクノロジーと教育について、教室内(授業)でコンピュータを使うことについて、それからトラブルの際の対応などについてが重点的に話し合われるなど、役割が次第に拡大していきます。ここでもディスカッションの調整・進行役をこなして中心として動くのは、ボランティアで参画した人々でした。

 Resource Coopの活動の焦点も、PCデイの範囲を超えて大きく広がり、サマーセッションにはシリコンバレーやカリフォルニア内だけに留まらず、ニュージーランドやブラジル、マレーシア、オランダなど世界中から多くの人々が参加をするようになりました。

 The Resource Coopの活動は、今もフットヒル・スマートスクール・プログラムのなかで引き続き行われている。

戻る

ネットワーク・ソリューションズ
 ネットワーク・ソリューションズというプロジェクトは、スマートバレーが校区と連携しながらネットデイ・プロジェクトをすすめているなかから生まれたものです。1997年4月までにSVIはシリコンバレーにある56の校区から提出されたテクニカル・プランを承認し、ネットワーキングの専門家で構成されるボランティア・グループをいくつか結成しました。しかしそこで、1つの大きな問題が浮かび上がってきました。ネットワーク管理者を雇った校区は、ネットデイの最初の計画段階からネットワークを駆使するようになり、その後も維持管理が可能だが、専任スタッフを持たない校区はPCデイのイベントの後はバラバラになってしまっていました。素人の教師集団だけでは手に負えないことが問題点として浮上していたのです。

 当初ヘルプデスクのような相談窓口を作ろうとしましたが、それよりも定期的に会合を開く方がどうやら有効であることが分かってきました。校区にはネットワーク管理者の設置が必要であることを理解させるとともに、管理者が遭遇する問題をお互いに意見交換する中で解決出来るようにしたのです。

 さらに、ネットワークが設置されて後に、どのような展開が考えられるかのアイデアを条件が異なった校区を5つ選んで提示してもらい、その内容をSVIが依頼して、ヒューレット・パッカード、マイクロソフト、インテル、アップル、ノーヴェル、セガソフト、フットヒル・カレッジ、サンタクララとサンマテオ郡教育庁(County Offices of Education)が派遣してくれた専門家によって構成されたグループによって検討していきました。

 こうして、コンサルティングやネットワーク・プランの見直しがなされたほか、校区との話し合いからは教育状況の違いからくる多くの論点がもちあがり、ブレーンストーミングか繰り返されます。その結果、サンフランシスコを拠点にしているコンサルタント、スティーブン・J・ラビング氏によって“ネットワーク・マネージャーのためのプラニング・ガイド”が書かれ、1998年秋に出版されました。

 ネットワーク・ソリューションの活動もThe Resource Coopと同様、フットヒル・カレッジのスマートスクール・プログラムの中で続いていています。

戻る

リーダーズ・オンライン
 リーダーズ・オンラインもネットデイプロジェクトから派生したプロジェクトです。ネットデイやPCデイなどによって、学校にネットワークが設置され、それにコンピュータが接続されて、教師が構想するアイデアがネットワークを利用して実現される場が出来上がりました。しかし、解決なくてはならないもう一つ大きな課題は、校区の責任者や校長など、組織全体を管理する責任者が、コミュニケーションネットワークで何ができるか、教育にとってどのような価値があるかを理解していなければ、教師のアイデアもほとんど生かされなくなることでした。責任者に理解がなければ、今後のネットワークを維持するために情報の交換をする会合に、担当教師やネットワーク管理者を派遣して貰うことにも支障を来たすことになるということが、ネットデイの最終段階で問題として提起されました。

 校区や学校のトップに理解を深めてもらうために考え出されたのが、彼らと地元企業のリーダーとが一堂に会して意見交換ができる会合を準備するということです。このカンフェレンスは“スマートスクール・リーダーズ・オンライン:貴方の役に立つネットワークをつくるために”という名称で、1997年9月30日パロアルトで、ナショナル・セミコンダクター社、ノベル社、そしてパシフィック・ベル社からの協賛を得て開催されています。

 ネットワーク化された学校や校区の代表者とシリコンバレーにある企業から来たリーダーたちが一緒になり、教育責任者がネットワーク・テクノロジーを最大限利用できるようにするにはどうすれば良いかを話し合います。「コミュニケーションとは」に始まり、事業の資金的裏付け、人材、専門能力の開発、ネットワークにおける法律問題、そしてネットワークのサポート方法などについてが議論され、サンマテオ郡とサンタクララ郡の75%の校区から、校区責任者や校長のみならず、学校の事務担当マネージャーなども含めて、おおよそ300名近い人々がこのカンフェレンスに参加し、企業から40名のボランティアが議事進行役として出席しました。

 31名の校区責任者と7社から来た会社役員が、小さなグループに分かれてそれぞれネットワーク・テクノロジーの応用がいかにリーダーとしての役割を変化させるかについて話し合います。SVIの創設者でもあり、マッケンナ・グループのチェアマンでもあるレジス・マッケンナがこのカンフェレンスのオープニングを飾る基調講演を行い、ネットワークテクノロジーというものが時間やスペースといった限界をどのようにうち破ったか、またそれがいかに生活やビジネス経営に影響を及ぼしているか、刻々と変わる世界の中で勝負していくために、学生たちにその準備をさせることがいかに重要かを説いていきました。

 1998年春、SVIのリーダーズ・オンライン・プロジェクトは第2段階に入りました。企業後援による数回のフォーラムが企画され、ネットワーク技術を使った管理・経営の問題、例えば専門家養成に関する問題や、学校や校区の職員に焦点をあてた問題などを話し合う機会が準備されました。

 バーリンゲイム、クパチーノ・ユニオン、ミルファイス・ユニファイド、セコイア・ユニオン高校の4校が試験校区として選ばれ、学校運営を効果的にサポートし、コミュニケーションを高めるためのツールとして、ネットワーク・テクノロジーをどのように使うかが検討されます。そして、プロのマネージメント・コンサルタントたちがボランティアとして半日のプランニング・セッションを3回行っています。

 このリーダーズ・オンライン・プロジェクトの間に開発されたツールほかの内容は、1998年10月に“学校管理者のためのガイド、‘テクノロジーを使うということ’”という名で出版されています。

戻る

グレート・スクール
 これはSVIのプロジェクトで始められ、途中でスピンアウトして独立した非営利事業に育ったものです。米国では学校制度が地域によって異なり、公的な学校へ子どもを行かせる場合でも、いくつかの中から選択出来るところも多くなっています。自分の子どもが行っている、あるいは行かそうとしている学校がどのような教育を行っていて、どのような水準にあるかを知りたいという需要は大きいという現実に応えて、インターネット上でカリフォルニアの公立学校(幼稚園から高校まで)に関する情報を入手出来るガイドを設置したものです。

 このプロジェクトは1996年11月にSVIのプロジェクトとして開始され、このガイドが出来たことによって、新しくベイエリアに引っ越してきた親たちや、ベイエリア内で引っ越しをする人たちは、どこに住めばよいか、どこの学校に彼らの大事な子供を通わせればよいかを判断できるようになりました。市民はこのガイドを、各学校の質を知るのに使えたし、またどうやって学校をサポートすればよいのかを知ることが出来ました。学校は、ニーズや目標をはっきりさせたり成功例を分かち合ったり、コミュニティのなかでサポートを集めるための方法としてグレートスクールを使うことが出来ました。企業は、このガイドを雇用情報の収集や、学校に協力したいときにどうすれば良いかを知る場所として利用しています。

 このプロジェクトの初期の基金は、アプライド・マテリアル社のトム・ヘイズから出されました。このガイドの運営について学校側から負担を増やすことになるのではないかといった懐疑の念をもたれたこともあったようですが、懐疑的な学校を検討委員に加えるなどしてアイデアが次第に受け入れられるようになっていくにつれ、SVIの企業的色彩の強さがこの運営にマイナスとなると考えられるようになって、1998年9月に独立した非営利事業体となりました。

 現在のグレートクールが掲げている使命は、カリフォルニア州にあるすべての公立学校(幼稚園から高校まで)のプロフィールをネット上で入手出来るようにすることによって、どのような学校があるかを探し、比較し、市民が学校を良くするために何ができるかを理解出来るようにするということです。

 他地域からカリフォルニアに移住してくる人は、まずカリフォルニアの教育制度をこのガイドで知り、子どもを通わせる学校をウエブから捜すことができる。学校の学力レベルも公表され、学校の方針も示されています。

戻る

ナショナル・ネットデイ
 シリコンバレーにおいてSVIが始めたスマートスクールの最初のプロジェクトがネットデイです。しかし、これが発端となって、かつ政府の情報化政策の後押しもあって、ネットデイは全国展開されるようになっています。

 SVIのネットデイを組織したサン・マイクロシステムズ社のジョン・ゲイジ氏が、非営利組織ネットデイの創立者の一人として、現在名前を連ねています。ナショナル・ネットデイは、年に二回アメリカ全体でボランティアを集めて学校にネットワークを敷設するプロジェクトを推進しており、各州に推進拠点を持っています。

 ここで、SVIのネットデイとナショナル・ネットデイとの基本的な違いについて述べておきましょう。

 SVIのネットデイは、学校の全教室をインターネットに接続できるようにすることをきっかけとして、地域住民を地元校の(情報)学習支援を通じて教育参加を実現しようという目的を持っています。小さな学校でも、全教室にネットワークケーブルを敷設するためには、相当数のボランティアが必要になります。SVIのネットデイでは、当日工事自体を支援するために、別グループが配線工事とは関係ない作業で、ネットデイを盛り上げる姿が各所でみられます。つまり、ネットデイにおける作業は、学校にネットワークを普及させることによってコミュニティの質を向上させようとする目標を達成する過程の一つという位置づけを明確にしているのです。

 これに対して、ナショナル・ネットデイは、まずネットを学校に普及させることが目的として掲げられていて、コミュニティとの関連性が明確に示されてはいません。各校では、メディアルームを中心とした5つの教室にネットワークケーブルを敷設することを基本としており、ボランティアもネットワーク技術を持つものが中心に、SVIのネットデイと比較すると、比較的小人数で実施されています。小人数であるがゆえに、一度に多くの学校で実施が可能(最初のナショナル・ネットデイは全米3000の学校に10万人が集まった)なのですが、学校の情報教育を支援する地域連携の構築には至っていません。これはおそらく、政府ベースの情報化政策との関連が強いためであろうと考えられます。
次回は2000年4月8日が想定されていて、これはNextDayと呼ばれており、2000年を目標に100%の公立学校をインターネットに接続しようというものです。ネクスト・デイは全国で16地域を選択し、90校をモデル校としてネットデイをやろうというもので、連邦政府から資金がでています。

 http://www.netday.org/howto/guide/ndworks/itwrksst.htm

でナショナル・ネットデイの由来が紹介されています。

戻る

世界のネットデイ

Netd@ys(ネットデイ・ヨーロッパ)
 ネットデイ・ヨーロッパ・イニシアティブは、Education, Training, Inovation and Research(教育トレーニング研究所)所長のエディス・クレッソンが創案したAction Plan(実行計画)“Learning in the Information Society(情報社会に於いて学ぶ)”の枠内で、ヨーロッパ委員会が開始したものです。このアクションプランは学校のみならず、もっと広くあまねくあらゆる学習の場に於いて、インターネットやオンラインメディアの使用が促進されることを狙いとしています。

 ネットデイ・ヨーロッパは、ヨーロッパ各国の文部省の援助を受け、また、電気通信及びマルチメディア、視聴覚分野における主要企業の多くの支援も受けて、あらゆる学校、学習の場をインターネットに接続して、教育内容の情報交換を促進する広範囲な活動を提案しています。 

 「ネットデーヨーロッパはあなた!」というキャッチフレーズで、1998年10月17日から24日まで行われた第二回ネットデイ・ヨーロッパは、「意識の向上」・「内容」・「ネットワーク作り」の三つのキーワードを強調しています。第三回は1999年11月13日から21日までの間に、約35,000の組織が加わって開催されています。

 1997年10月に行われた最初のヨーロッパデイでは、1000以上のイベント、15000以上の学校の参加を得て成功裡に終わりました。その結果、新テクノロジー利用に対する世間一般の意識向上の一助となりたいという草の根の団体、組織からの強い要望がある事が明らかになりました。 

 ネットデイ・ヨーロッパ1998は、前回以上の強い要請、参加へのより強い関心を引き起こしています。既に、学校、博物館、若者、文化団体、訓練所などの間で、3000以上ものイベントによる800近いプロジェクトが準備され、これらのプロジェクトは非常に広範囲なテーマを扱っています。環境(水をきれいに!)、生物学、数学、天文学、宇宙(サイバースペースを通じて宇宙飛行士に会おう!)、歴史、哲学(ホテルフィロソフィー(哲学ホテル)でのオンラインチャット)、芸術(音楽、バーチャル博物館、サイバー劇場、映画)、文学(刑事小説の読み方・書き方)などのトピックスから、市民権(学校に於ける暴力との戦い)、人権(人種差別との戦い、奴隷制度廃止をたたえる)、など他に多数のトピックスがあります。ヨーロッパだけではなく、日本ともリンクしており、他にアメリカ、カナダ、イスラエル、キプロス、ポーランド、ハンガリーなど他の諸外国でも展開されています。

 ネットディ・ヨーロッパ1998イニシアティブは、学校に於けるインターネット使用、あるいはもっと一般的な学習の場でのインターネット使用を促進するようなプロジェクトであれば、全ての地域、地方、都市、国、国を超えたプロジェクトに対して門戸を開いていおり、ネットデイは教育、文化分野に於いて公私にわたり新しいパートナーシップを、ヨーロッパレベルで促進する手段になっていると言えます。 

戻る

ネットデイ・ヨーロッパの活動例
 現代のホイネブルグからハールシュタット時代のアテネへのバーチャルな旅

 このプロジェクトは、歴史を学ぶ上で新しいメディアを使用することを目的としています。ドイツの学生たちが、現代のホイネブルグからハールシュタット時代のアテネまでの(バーチャルな)“歴史の旅”を作成し、昔のアテネまでの旅の過程で経験した事柄について旅レポートを書きます。疑問があれば、専門家グループがインターネット(“教授に聞こう!”)で質問に答えてくれ、学校の授業では使用可能な内容を扱ったCD-ROMが提供されます。生徒たちはこのプロジェクトのためのホームページを作り、ローカルテレビと共同でテレビドキュメントを制作します。更にこのプロジェクトでは、過去を現代に持ち込んで歴史を興味深いものにするための様々な活動が行われています。 

ネットデー活動

  • 現在の活動結果の公開
  • 学校の歴史の授業でホイネブルグ博物館のホームページを使用する
  • プロジェクトに参加している先生や、ホイネブルグ博物館の職員、その他の関係者とのインターネットチャット
  • ホイネブルグに関するワークショップ(参加者が自主的に活動する講習会)
戻る

エクサイト(ECSITE)
 The European Collaborative for Sience Industry and Technology Exhibitions(ヨーロッパ自然科学、工業、科学技術共同博覧会)は、クローン羊“ドリー”に関するウェブサイトを開設しています。エクサイトプロジェクトとして、ネットデイに参加しているエクサイトの各博物館では、このトピックに関するページを用意し、オンラインチャットも行なっています。参加博物館は、アグロポリス博物館(フランス)、フォンダジオーネIDIS(イタリア)、ナチュラルヒストリー博物館(イギリス)、ニューメトロポリス(オランダ)で、“ドリー”を選んだ理由は、子供達が様々な方法でクローンを作り出す過程に取り組んだり、それについて説明したりする手助けになるという狙いがあります。

ネットデー活動 

  • ウェブサイトの開設
  • オンラインチャット
  • エクサイト発刊の回報に特別記事を編集する。
  • 遠隔実験を提供してくれる科学センターや博物館を選び出し、ウェブページを編集する。
戻る

サイバーシアター
 グローバルシアターネットワーク社が、特別開発したツール“IT”をネットデイ期間中、学校、生徒、教師が利用できるように提供しています。このツールを使うと、Nirvanetに取り付け、学校や、ブラッセルのサイバーシアターのような文化学習の場で公開することが可能になります。

 このITアップリケーションの使用は、個人志向プレーを通じて児童、生徒の間にデジタル文化を高めるのに有効で、特に、グローバルシアターネットワーク社のデジタル図書館“ライブラリーインタラクト”は、下記のアプリケーションを提供し、使用しています。 

ネットデー活動 

  • OOPSホットスタジオ:全ての初心者の為のウェブページを開設する。
    テキストや色、形式などを選択するのに簡単なインターフェースを使用する。子供達は、“イメージアンドサウンドメディアティーク”や、自分の写真を使って自分たちのページを作れる。
  • OOPSギャラリー:画像、写真を何枚か並べてウェブページを作る。
  • OOPSポストカード:“ポストカードギャラリー”でハガキを選び友達に送る。クリックして選択し、受取人の住所を書き入れ、メッセージを入れてクリックしてハガキを送る。自分自身で作ったハガキもできる。
  • OOPSコンペティション
  • データベースの照会
戻る

インターネットのパートナー
 このプロジェクトの狙いは、一般の人々のインターネットの知識向上を図り、日常の実用的な道具として使ってもらえるようにすること。学校は保護者、教師、生徒、産業界などに対し、インターネットの使い方を実際に説明し、今後使われる可能性のある使用方法をやってみせます。技術的な情報を提供してくれる材料を使い、様々なインターネットプロジェクトでパートナーと接続します。

ネットデー活動 

  • 講師を招いて公開イベントを行う。
  • 専門家とのパネルディスカッション
  • オープンハウス(一般公開日)活動:保護者、教師の為にインターネットにアクセスする。
  • インターネットでの有名人とのチャット
戻る

日本とスマートスクール
 日本においても、急速に進展する情報化、ネットワーク化に学校を対応させなければ、教育が社会の要請に応えられなくなってきています。この現実に対しては、短期間に大きな資金とマンパワーが投入されなければならないでしょう。ここで、文部省主導の体制が確立している日本で、SVIが推進したスマート・スクールの理念がどの程度導入しうるのかを考えてみましょう。
戻る

日本でネットデイがどの程度可能か
 米国には、日本の文部省に相当するような国レベルの全体管理組織はなく、教育は基本的に州の権限に属しています。また、小中学校や高等学校の校長に与えられた権限も、日本から見るとかなり大きく自由裁量の余地も広くなっています。したがって、地域単位で学校が関係するプロジェクトを独自に推進する場合、米国の方が動きやすいといえます。しかし、SVIによるネットデイを具体的に動かした発端が大統領の政治的意向にあったように、教育という社会的影響が大きい組織全体を組み込んだプロジェクトを発進させるためには、米国であってもある程度のお墨付きが必要であったことに留意する必要があります。

 アメリカに比べてかなり柔軟性を欠く日本の学校制度の中で、ボランティアが主体になって教室に配線作業をするネットデイを受け入れさせるには、米国におけるクリントン政権のような、これに類する背中を押す力がもっと明確に必要であると思われます。一方、情報化予算が大幅に準備されるようになった日本の現状を考えると、暗黙のお墨付きはすでに存在しているのかもしれません。各都道府県、自治体の教育委員会も、その傘下の学校も、情報化の必要性は理念として理解するようになっており、ここでの問題は、日本の情報化はパソコンを増設することだと理解されていることであって、学校の教室をネットワーク化する必要性について理解される度合いはまだ低いと感じられます。コンピューターを設置することはそちろん必要ですがが、それよりも学校の施設内に高速回線を張ることがより重要だという啓蒙を、学校レベル、教育委員会レベルで進められれば、ネットデイの実施にそれほどの大きな障害は見当たりません。労務提供がボランティアによって行われれば、学校単位の設備費用はそれほど大きくならないからです。

 中央集権的色彩が強い日本の場合、地域単位で考えると教育委員会を納得させることが先決です。学校長独自の判断で学校施設に手を加えることはまず考えられず、学校長は必ず教育委員会にお伺いをたてるからです。教育委員会が教室のネットワーク化が必要であると受け入れていれば、後は予算と実施の優先順位の問題となります。教育行政は各学校間に格差をつけることを避けるのが普通ですから、本来一斉に着手したいところですが、予算がそれを許すとはあまり考えられません。

 ここに寄付とボランティアによる設備の取り付けが提案され、短期間に設備の取り付けが完了出来る計画に現実性があれば、受け入れられる可能性は十分あります。特に近隣に先行した成功例があればその可能性はより高くなるでしょう。

戻る

寄付に伴う問題
 この場合ネットを準備するために必要な資材、機材を教育委員会の予算でまかなえれば、ボランティアの労務提供で敷設作業を行うことは、計画さえしっかりできていれば難しい話ではありません。しかし、予算が不十分な場合、それを補うだけの寄付が、物品提供であれ資金提供であれ、何らかの形で行われなければならなりません。これを提供者の善意にだけ依存して期待するのは、あまり大きな力になりにくいと考えられます。善意に応えるインセンティブ、具体的には税制上の優遇策、善意を広く社会に認知させる顕彰制度などの促進策を充実させる必要があるでしょう。

 SVIの行ったスマートスクールでは、従業員の時間を寄付の対象とすることができています。日本の企業としては、従業員に有給休暇を与えるという参画のしかたしか可能性がないのが現状でなので、この従業員の時間給を優遇税制の対象にすることが可能になれば、もっと積極的な支援が企業から得られることになると考えられます。

戻る

ボランティア
 自分が住んでいる地域の学校を良くするために協力しようとするボランティアの数は、潜在的には予想よりも遥かに大きい。問題は潜在的ボランティアをどのようにして顕在化し、それを組織化して、統率のとれた作業に取り組んでもらえるようにするかです。ここで必要なのは、全体のミッションを明確にして伝達するリーダーと、その方向に沿ってボランティアをグループ化する能力を備えたまとめ役、コーディネーターの存在です。

 このリーダーの中には、コンピューター自体やネットワークを熟知した人、ネットワークや配線工事の専門家の存在は不可欠ですが、その数は少なくても支障はありません。主要なボランティアに作業に最低限必要な知識と作業訓練を与えるトレーニングができる仕組みがあれば十分といえます。ただ、この専門家、およびトレーニング受講者は、ネットデイ当日以外に何回か集まる必要があり、企業に働いている人の場合、勤務先からボランティアとして参加する事への基本的了解が得られているかどうかによって、トレーニングの効率は大きく変わります。ここでも地域全体の理解とコンセンサスが重要な鍵となるのです。

戻る

企業の協力
 インターネットに限らず、コンピューターのネットワークの意味と価値をもっとも認識しているのは、規模の大小を問わず企業です。SVIのスマート・スクールが行ったように、教育組織の管理者、事務担当者に企業がネットワークの価値をどのように評価しているか、あるいは教育にどのように生かせると考えるかを伝える場を準備することはきわめて大きな意義があります。これはまた、企業のリーダーが教育が抱える問題に直接触れる機会ともなり、従業員をボランティアとして派遣する形での貢献をする雰囲気を醸成する良い機会ともなるででしょう。さらには、資金的、物的協力にまで発展することも、展開によっては十分可能です。
戻る

教師の積極的参画
 SVIのスマートスクールが行った事業の中で重要だと思われるのは、PCデイでコンピュータを寄付する前に、その受益者である教師からコンピューターとネットワークの利用について具体的なアイデアを募集し、それに学校長や校区責任者の認知を得たと言うことです。これは日本でも、具体的に実施すべき事であろうと思われます。学校や教師が受け身の姿勢で受け取るのと、具体的な目的をもっているのとでは、最初から利用のレベルが違ってくることは明らかです。よく言われるような、情報機器は備わったものの、殆どが埃をかぶっているという状況を打開するためにも、継続してアイデアを募集することが要請され、同時に、地域レベル、全国レベルで、このようなアイデア、あるいはネット利用に当たっての問題点を共有できる場所として地域単位で教育ウエブサイトの充実をはかる必要があります。この場合にも、教育の専門家のみがこのサイトを利用するのではなく、企業人、市民団体、一般市民などが自由に参加できるよう、サイト管理者は教育専門家以外からも積極的に登用それるべきでしょう。情報公開ということに慣れていない日本の現状では、学校毎に公式ページと、学校側に管理責任を問わない地域ぐるみの公認ページを持って運用するのも、ひとつの解決方法であると考えられます。

 教育が地域と密着した存在であることを考えれば、このウエブサイトは地域単位で設定されるのが本来でしょう。可能な限りお互いに顔が見える地域単位で意見交換が行われ、必要なれば直接集まって交流が行われるのが望ましいと言えます。SVIのネットデイが成功した大きな要因として、物理的に交流することが容易な地域の中でプロジェクトが実施されたことがあります。これは、上部組織からの指示に従って行われる教育から脱皮し、自発的に行動する一つのステップとなったからでしょう。

戻る

おわりに
 SVIが成功させたスマートスクール・プロジェクトは、日本への適用可能性は高いものの、米国の教育制度が日本と大きく異なるために、日本の教育現場へそのまま持ち込もうとするのは大変危険です。米国では教育の権限は基本的に州に属し、連邦政府はきわめて限定された分野にしか影響力をもちませんし、州レベルにあっても、たとえばカリフォルニア州の場合、州の教育委員会(State Board of Education)には11人の委員がいて、全員が州知事によって任命され、州の教育局(California Department of Education)の教育長は州民の選挙によって選出されることになっていて、各地区の校区にも教育委員がいて同じく地域住民の選挙で就任しているという仕組みになっているからです。つまり教育行政自体が地域住民の意思によって運営されているわけであり、自分たちの学校という意識が大変強くなっています。この意識がスマートスクールを成功させた根底にあると考えておそらく間違いはないでしょう。

 日本の公立学校の場合、地域住民との関係はカリフォルニアに比べてはるかに希薄だと言わざるを得ません。文部省の権限がきわめて強く、また地域においても地方の教育委員会が文部省の権限を背景にした強い行政力を発揮しているからです。地域住民にも教育は政府の役割だという意識もあって、地域住民や地元企業が自ら学校のありかたに口を挟もうとする動機付けは非常に小さく、PTAが単なる学校の意思伝達機関になっている現状がそれをよく物語っています。

 日本でスマートバレーに倣ったプロジェクトを成功、定着させるためには、このような彼我の差を弁え、それを凌駕するだけの知恵と熱意が必要です。それが具体的にどのようなものになるかは、地域それぞれの風土によって異なってくるはずですし、中央統制的に押しつけられるものであってはなりません。しかし、荒れる教室の現状を打破し、学校を良くしなければならないという地域住民の意識は高まっており、スマートスクールの理念を日本の各地に具体化する条件が、徐々に整っていると言えるでしょう。

戻る

トップに戻る